ユーザー視点凝集をめぐる冒険 (1) – どのようにシステムを切るか?

凝集性というのは、どのような尺度でプログラムを分けるかという問題だ。凝集度は高い方が良いと言っても、この高い・低いという判断は一筋縄で行くものではない。というのは、どのような尺度を利用するかによって、ある視点からは凝集度が高くなるように見えても、別の視点からは凝集度が低く見えてしまうからである。

以前、連載記事『TDD再考』の中で、凝集性の分類として「論理的凝集」と「機能的凝集」というものがあるということを紹介した。論理的凝集は実装上の特徴でまとまりを作り、機能的凝集は(プログラムの利用者から見た)機能の単位でまとまりを作る。つまり、これらの尺度の違いは、それぞれのまとまりの受益者が異なる事に由来する。前者は開発者の視点であり、後者はユーザーの視点だ。

わざわざ「(プログラムの利用者から見た)機能」と前置きのあるところから分かるように、「機能」という概念がそもそも視点を前提としていることに注意して欲しい。機能というのは受益者がいて初めて成り立つ概念である。機能的凝集がユーザーから見た機能に対応する一方、論理的凝集は開発者から見た機能に対応するという意味では、いずれも「機能的凝集」と呼んでも差し支えないはずなのだ。分けるという行為を実際に根拠づけるのは視点であり、そのように考えると、凝集性の分類でより適切なのは視点による分類ではないだろうかと思う。というわけで、ここでは機能的凝集を「ユーザー視点凝集」、論理的凝集を「開発者視点凝集」と呼んでみる事にしたい。

coherence

プログラムデザインの手法としてレイヤーアーキテクチャが人気なのは、レイヤーが開発者視点凝集、つまりプログラマーから見た凝集性を実現しているからだと言っても良いのかもしれない。データアクセスの処理や、ユーザーからのリクエストを各々のロジックに振り分ける処理など、ユーザーにとってはブラックボックスの中身の話であるが、プログラマーにとっては日常である。

『TDD再考』では、Ruby on Rails 開発者の David Heinemeier Hansson 氏が——先ほど導入した言葉を使って説明すれば——開発者視点凝集よりもユーザー視点凝集を重視すべきだという主張を展開していることを紹介した。TDDのような手法を使ってプログラムをデザインすると、ミクロなレベルではどうしても開発者視点に引っ張られて、結果的にユーザー視点凝集よりも開発者視点凝集を優先してしまうというのがDHH氏によるTDD批判の要点である。

21世紀に入ってからユーザー視点凝集はプログラムデザインおいて極めて重要な地位を占めている。ひょっとしたら最も重要な概念だと言っても間違いではないのかもしれない。それはユーザー視点凝集がアジャイル開発を進める際の単位として想定されているからである。

アジャイル界隈では、ユーザー視点凝集を「vertical slice(縦方向の分割)」と呼んでいる。

この vertical slice についての分かりやすい説明が、最近話題の書籍『SOFT SKILLS』の著者、John Sonmez 氏のサイト「Simple Programmer」にあった。

Sonmez氏は vertical slice を「家を建てる」という例で説明している。

普通に家を建てる時の手順を想像してみよう。まず最初に作らなければならないのは土台である。基礎工事で土台を作り、そこに骨組みを乗せる。その後、骨組みに沿って壁を作り、最後に屋根を乗せる。この最後のステップが完了して初めて実際の家の中身を確認する事が出来るようになる。

このように普通の家屋建築で現れる手順は「horizontal slice(横方向の分割)」に基づいて作業が分かれている。

house-horizontal

この horizontal slice に対して、vertical slice で家を建てるというのは、まず一つの部屋を利用出来るような形で完成させ、その次にまた別の部屋を作るという感じで、人間が実際に利用出来る最小単位ごとに建物を作っていくことに相当する。

house-vertical

部屋ごとに家を建てるのは、建築においてはいささか非現実的なアプローチに見えるが、ソフトウェア開発においては重要な考え方になりつつある。

そもそもソフトウェア開発でも、この家屋建築の例と同じように horizontal slice に基づいた開発が主流だった。それは作業を縦に分割するよりも横に分割する方が遥かに簡単だからである。しかし、horizontal slice は一つ一つのスライスがシステム全体に渡るため、最初に全体の設計図を書かなければならない。更には、一つ一つのスライス(レイヤー)を合体して完成品とする最終段階で想定と異なる事実が判明しても、そこから大幅な変更をするためには大きなコストがかかってしまう。変化の速いソフトウェアの世界では horizontal slice による開発ではなく、vertical slice によって、出来るだけ早い段階で機能の検証を行うべきだというのがアジャイル開発の考え方であった。

A vertical slice from the components of a project
A vertical slice from the components of a project

しかし、この「家を建てる」例での説明は、若干ミスリードな部分もあるかもしれないなと思う。というのは、家の場合は例外なくまず先に設計書があって、それに従って現場の大工さんが家を建てる流れになるが、ソフトウェア開発、あるいはプログラミングは、大工さんの作業というよりも、設計書を作る方に相当するのではないかと思うからである。その意味で、家屋やその他の建築物の設計書を作るプロセスはソフトウェア開発と変わりない試行錯誤があるはずである。

ユーザー視点凝集をめぐる冒険 (2) – 継続的なリリースという罠

2 thoughts on “ユーザー視点凝集をめぐる冒険 (1) – どのようにシステムを切るか?”

  1. vertical sliceにすると、(ひとつのsliceを一人が担当するとして)一人に求められるスキルの幅が違う点が、両者の差異として大きいなと思いました。

    昨今ソフトウェア開発者に求められるスキルの幅が広がっていると感じていますが、それは丁度vertical sliceの重要性が増していることと対応している気がします。

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    1. > 一人に求められるスキルの幅が違う点が、両者の差異として大きい

      これは普通の組織では必ず問題になりそうですよね。アジャイルに総じて言えることですが、環境と人をもの凄く選ぶ事になる。

      この連載の結論がどうなるか現時点では分からないのですが、vertical slice って理屈は分かるけど、なんか色々問題ありそうだなという感覚から出発してます。

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