『システムの科学』を読み解く (1) – 人工物の本質はインターフェースである

『システムの科学』という本をご存知だろうか?

ノーベル経済学賞の受賞者、ハーバート・A・サイモン氏によるシステム論の古典的名著、ということでその筋では有名な本であるらしい。初版が出版されたのが1967年というパーソナルコンピューティングの黎明期に当たる時代で、筆者が所持しているのは、改訂が重ねられて1996年に出版された第3版の邦訳本である。

システムの科学
システムの科学

原著のタイトルは『The Sciences of the Artificial』といい、『システムの科学』というよりも『人工物の科学』といった方がより原題に近いように思われるが、邦訳で前者を選択した経緯については訳者あとがきで説明されている。

「システムの科学」と言っても、何の話なのかぴんとこない人もいるかもしれない。「システム」とは、ある特定の目的を達成するように、複数の要素(部品)が組み合わさって出来たものだ。つまり「システムの科学」とは、今日「デザイン」と呼ばれているものの仕組みを、あらゆる学問分野の知見を総動員して論じたものだと言えば分かりやすいだろうか。

邦訳本のカバーには以下のような紹介文が書かれている。

「人工物の科学はいかに可能であるか」
本書は必然性ではなく、環境依存性 —「いかにあるか」ではなく「いかにあるべきか」— に関与するデザインの諸科学、すなわち人工物の科学(The Sciences of the Artificial)の本質を明らかにし、その可能性を問うものである。

筆者は10年以上前に、上の紹介文に惹かれてこの本を購入してみたはよいものの、難しくて最後まで読み通す事が出来なかった。何度繰り返し読んでもぼんやりとした感覚的な理解(分かったつもり)以上のものは得られなかったのである。最近、この本の存在を思い出して久しぶりに読んでみたら、相変わらず難しいとは感じるものの、当時よりも格段に理解出来るようになっていた。更に言えば、いくつかの事柄については腑に落ちるようになっていることに気づいた。

『システムの科学』で議論されていることの多くは、ソフトウェア開発者、あるいはプログラマが日常的に遭遇する問題とほぼ重なっている。ただちょっと異なるのは、その辺の技術書と比較して少しフレンドリーさに欠けているというぐらいである。というわけで、この連載では数回に分けて、この難解な本をソフトウェア開発の現場で役に立つような形で読み解いて行きたいと思う。

人工物とは何か?

そもそも人工物とは何か? 人が作ったものである、以上。

で終わってしまいそうであるが、それだけだと何の役にも立たない。辞書を引いてみると、対義語は「自然物」とある。人工物と自然物の違いは何だろうか?

『システムの科学』は自然科学の話から始まる。自然科学とは、この世に存在する事物を「分析」して、一見複雑に見える現象の背後にある、単純な法則を見つけ出そうとする学問分野だ。分析によって見つけた法則は一体どこから来たのだろうか? 例えば、万有引力の法則は、そのようなものが存在する事は説明してくれるが、それが何故存在するかについては説明してくれない。自然科学においてはそれらの法則がただそこにあると認識するだけである。

一方、人工物には存在理由がある。つまり「目的」が存在するのが人工物の特徴だ。

自然界にある法則を組み合わせて目的を達成しようとする。その時に生み出されるものが人工物である。サイモン氏は、このような人間の営みに科学的な解析を施して背後にある法則を探ろうと試みる。これが「人工物の科学」である。

人工物の本質はインターフェース

あらゆる人工物に共通する特徴は何だろうか? サイモン氏によれば、目的の達成というプロセスは、以下の三つの要素の関係によって成り立つという。

  1. 目的(ゴール)
  2. 人工物の特性
  3. 人工物が機能する環境

この三つの要素の関係を踏まえて人工物を表現したのが以下の図である。

outer-inner

とても単純な図である。人工物とそれが機能する環境は「インターフェース」という境界で区切られる。人工物の内部を「内部環境」と呼び、外側を「外部環境」と呼ぶ。

外部環境と内部環境がうまく噛み合って人工物が期待通りの振る舞いをするとき、その人工物は目的を達成することになる。ここで重要なのは、人工物が期待通りの振る舞いをするとき、そこに関わっている条件は外部環境と内部環境のほんの一部分に過ぎないという事だ。その目的を達成するために必要な、最低限の条件を表すのが「インターフェース」という両環境の接面であり、ここに人工物の本質が現れることになる。

interface

例えば、移動手段としての車について考えてみよう。この場合、外部環境で目的の遂行に関わって来そうなのは、移動範囲の地面の状態、という条件がまず思い浮かぶ。そして、内部環境として車輪の存在を前提にすれば、地面の状態にあった車輪の素材と形状、そしてそれを楽に駆動させる何らかの仕組みがあれば、移動という目的には事足りる。このように考えると、移動手段として車を捉えた場合、我々が一般に思い浮かべる車のほとんどの要素はその目的とは関係のない事が分かる。

外部環境が決まれば、そこに適応しようとする人工物の目的から鑑みて、内部環境の知識はほとんどなくともその人工物の振る舞いを予測することが出来る。逆に言えば、この合目的な振る舞いを維持する限り、内部環境はどのようなものでも良いということになる。例えば、飛行機と鳥は、同じ環境において「空を飛ぶ」という共通の目的を持ちながら内部環境は全く異なる。

今、「鳥」という例を出したが、実は人工物でなくても、何らかの状況に適応していると見なし得るすべてのものについて上の図式が当てはまることに注意したい。その意味で、『システムの科学』で展開されている内容は「何らかの状況に適応していると見なし得るすべてのもの」についての考察であって、人工物に限った話ではない。それが邦訳者が「システム」という言葉を選択した理由だろうと思う。

さて、ここまで読んで頂けたプログラマの方々には、このような人工物の捉え方に比較的親近感を感じる方が多いのではないだろうか? というのも、この人工物の捉え方はオブジェクト指向のモデルとほぼ一致するからである。ということは、オブジェクト指向の「オブジェクト」というのは、人工物あるいは「何らかの状況に適応していると見なし得るすべてのもの」のメタファーだと言って差し支えないように思える。

プログラマは、ミクロのレベルで、インターフェースのデザインという問題に日常的に向き合っている。この試行錯誤によって身についたノウハウはマクロのレベルにも応用出来るはずである。プログラムだけでなく、プロダクトや組織のデザインもサイモン氏のモデルによれば本質的には同じ構造になっている。注意しなければならないのは「目的」を誤らないということだけである。

コンピュータは最も純粋な人工物

『システムの科学』には、機械のように物理的な人工物だけでなく、組織や社会といった実体のないものまで、ありとあらゆる人工物が登場する。その中でもコンピュータは「記号システム」という特殊な存在として紹介されている。

記号システムとは、記号(文字やマークなどの物理的パターン)を処理するシステムで、記号を保存したり、変更したり、出力することが出来る。一般的には「情報処理システム」と呼ばれるものである。コンピュータだけでなく、人間の脳も記号システムだと言える。

記号システムは、記号が表現出来る範囲において、どのような外部環境にも適応する事の出来るアメーバのような究極の「適応システム」である。先ほど紹介した人工物のモデルで言えば、インターフェースをどのようにも変更出来るシステムだということになる。まさに人工物のモデルをそのまま体現したかのような純粋な人工物だ。

昨今のITの世界に目を向ければ、あらゆるものがソフトウェア化していく時代である。一昔前はハードウェアの領域だったものの多くが、今ではソフトウェアとして表現され、操作されるようになっている。つまり、世の中の多くのものが記号で表現・操作出来るようになってきた。思えば、ガラケーからスマホへの移行も、インターフェースのアメーバ化として捉えられる歴史的な出来事だった。そう考えると、『システムの科学』のような、人工物に関する抽象的な議論の重要性というのは、かつて無いほどに高まってきていると言えるのではないだろうか。

『システムの科学』を読み解く (2) – 経済学ってそもそも何なのか問題

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